おはようございます。
もうひとつのブログでも触れましたが
この度の痛ましい川﨑の事件で
かけがえのない大切な尊い命を奪われた方々とそのご遺族、
大けがをされ、今も治療中の方々とそのご家族、
恐ろしい惨劇を目の当たりにされ、心に大きな傷を負われた方々、
すべての学校関係者の皆さまには
おかけすべき言葉が見つからないほどです。
あってはならないことです。
楽しくバスを待っていた可愛い、罪もない、お行儀のいい子供たち
大切な子供を愛情をもって見送りにいらしていた保護者の方々が
犠牲になったことは
どんな事情があろうとも、到底許されないことです。
どんなに学校が子供たちの安全に気を配り
親が子供に防犯や安全についてを口がすっぱくなるほどに教えても
今回のように決意を持って突然現れた男の、想像の範疇を超えた蛮行には
例え、近くに交番があったり、見守りボランティアが大勢いたとしても、成すすべがなかったのだろうと思うと
悔しく、虚しく、辛く、とめどなく涙がこぼれてしまいます。
怒り、苦しみ、くやしさ、虚しさ。
どんなに痛かったか、怖かったか。
何の前ぶれもなく命を奪われてしまった無念さ。
言い残したかったこと、やり残したこと
どれだけあったでしょう。
被害にあったお子様、学校の在校生の方々の
傷の痛み、心の痛みは想像を絶するものでしょう。
子供を一人で恐ろしい目に合わせてしまったと
自分を責めてしまうかもしれない、被害にあったお子様方の親御さんの心の痛みはいかばかりでしょうか。
お怪我をされた方々の御回復
これから、一日も早く
キリスト教教育のもとで
また、心の専門家、ご家族の愛情の助けをかりて
心に傷を負った皆様が
少しでも御回復されますように。
そして、お亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
同じ小学生の母親として
また、おそらく同じように幼児期に「お受験」を親子で乗り越えた経験を持つものとして
このことに触れずには ブログを書けませんでした。
今、私立、国立、公立問わず、どの小学校でも
この事件を受けて、登下校時の子供の安全を再検討されていると思います。
通学路を重いランドセルを持って一生懸命歩いている小学生の子供たち、
先生たちに細心の注意をもって守られながら、お散歩をしている保育園の子供たち。
この子たちに何の罪もありません。
どうかどうか、すべての未来ある子供たちが安心安全に暮らしていけるように願うとともに
私にもできることを何か始めていけたらなと思います。
国も、少子化少子化と言って、どこぞの政治家はまた問題発言をしたそうですが
今いる子供たちを大切に育てるために、どうかもっとできることを考えてもらいたいなと思います。
また、恐ろしい事件に巻き込まれてしまいましたが
こちらの小学校には罪はなく、すばらしい教育をされている学校だというお話を伺います。
不幸な事件の犠牲者である小学校を、
このことをきっかけに志望校から外すご家庭もでてしまうかもしれないですし
またせっかく希望を胸に入学したばかりの1年生のご家庭の胸の内も考えると
今回、容疑者の男がしたことの罪の深さに、強い怒りと憎しみを禁じ得ません。
人の命、人生を尊いものだと思えるように
子供たちに教えてあげること。
そのためには、まず子供たち自身が愛され、尊重されて
自分を肯定することができるようにすること。
それぞれの親が、子供をそうやって育てることで他者への思いやりやリスペクトを持てるようになるのではないか。それはきれいごとと言われるかもしれません。
でも、今の私ができることは、そこからかなと思っています。